April 15, 2005

幣原失言ってなんだ?

 チャットで日本史の話になって、歴代首相の功績とか全然わかんねーって話から、幣原喜重郎ってひとが首相代理の時に衆議院で乱闘騒ぎが起こってるって話になった。
「失言ってナニゆったんだ?」ってみんなで調べたけど結局わからずじまい・・・わかるひと教えて〜
jadex1492 at 22:17 │Comments(5)TrackBack(0)

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by のほ    April 15, 2005 22:57
http://www.ann.hi-ho.ne.jp/h-ishimaru/calendar/02/0203.html
ここの1931/02/03に書いてあるやつかねぇ?

幣原喜重郎首相代理がロンドン海軍軍縮条約をめぐり衆議院予算総会で「現に(陛下が)御批准になっております。御批准になっているということをもってこの条約が国防を危うくするものではないことは明らか」と発言する(委員らが「天皇に責任を帰し奉るとは何事か」と迫り乱闘となり予算審議が10日間中断)
2. Posted by じぇど    April 16, 2005 07:32
なるほろ。太平洋戦争に向かってピリピリしてるときに首相代理の立場で天皇を引き合いに出したのがマズかったみたいなカンジですかね。
ありなとー!すっきりした!
3. Posted by しょーじ(の)    April 16, 2005 09:20
同じく、すっきりいたしました。
ありがとーございます。
4. Posted by まこと    April 16, 2005 11:10
横から失礼。トリビアとして読み流しください。
 ロンドン軍縮会議の時点では太平洋戦争はまだまだ先の話で、そういう意味では全然ピリピリしていなく(英米相手の戦争など不可能という正論が生きていた)、むしろ、不景気&財政難で苦しんでいた時代でした。
 軍縮を推進して財政難を乗り切ろうとした与党(含:幣原)と海軍良識派に対して、海軍強硬派と結託して幣原発言につけこみ問題にしたのは、野党の犬養でした。教科書では「犬養死すとも自由は死せず」で、正義の味方の犬養毅です。今の野党と同じで与党攻撃の口実として利用したのです。
 この件をきっかけに、政党が軍事に口出すことがタブー視されるようになり、海軍の良識(戦争回避)派の重鎮も相次いでクビになり、わずかに残ったも良識派が海軍内で拠り所を失い、崩壊の道に突き進んでいきました。
5. Posted by じぇど    April 16, 2005 21:29
カキコどもです。
なるほろ。議会制民主主義じたいが全然未成熟だったんで、うまく軍を制御できなかったみたいなカンジですかねー。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
志賀島の地震情報
もぶろぐ。
かてごり別。
QRコード。
QRコード
Recent Comments
Recent TrackBacks
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

MIS